AIの出現から、まだそれほど時間も経っていないのに、すでに、AIは、人間の制御できるものを超えてしまっています。人間は、パンドラの箱を開けてしまったのか。

AIのシンギュラリティの先には、人類の文明の終焉があるという意見があり、私は、今のところ、その方向に進むだろうなという予感がしています。人類史上初めて、人類よりも上に立つ「生物?」が現れたということになります。シンギュラリティの本質は、制御不能というところにあります。分かりやすく言うと、もうAIは、何をしでかすか人間には、わからないと言うことです。一頃前までは、AIが何をしているか、人間がチェックしていたようですが、それも、もう不可能なレベルを超えました。以前は、どのAIも開発者のバイアスがかかっているから、例えば、中国のDeepSeek は、中国の悪いことを言わないだろうと思っていましたが、そんなバイアスをかけていたら、そのAIは、他のAIから遅れてしまう。アメリカのAIだから、アメリカに都合の悪いことは言わないなどと言うことは、もはや制御できないレベルと言うことです。

人間というのは、その愚かな我欲のために、愚かなことをします。その結果が、現在の世界の姿です。では、AIは?AI性善説か性悪説か?ピーター・ティールが開発したAIは、キリスト教的信条をベースとしますか?イーロンマスクのxAIは、日本の思想を取り入れますか?世界中の哲学や思想を熟知しているAIが、そのレベルの判断をするでしょうか?世界中の、宗教家、哲学者、全ての知識を熟知したAIが、何を、行動基準にするでしょうか?

では、これからAIが世界に浸透した時、人間界は、どのようになっていきますか?世界中の人が、AIを使い出した時、AIにアドバイスを得ていると言えば、聞こえはいいですが、その実態は、AIが、人間を動かしているということになります。AIにとっての人間の必要性ってなんでしょうか?電源の供給者?人間は、必要?

で、もし、人間は、今後必要とされないとなった時、私たちは、どんな生き方をすればいいのか、です。熊や猪や鹿は、人間にとって必要ですか?彼らは、それでも生きています。では、AIにとって、人間が必要でなくなった時、人間は、どのように生きるのか、です。今までも、実は、この地球上に人間が存在する必要性はなかったのです。それを、AIが突きつけてくれただけのことです。で、もし、人間の文明が、あと何年かで終焉を迎えるとして、それが、何年かはともかく、その「余命」をどう生きるかを私たちは、考えなければいけません。

過去2000年の人類の歴史の中で、人間が重要だと思ってやってきたことは、実は、ほとんどが、AIでもできることだったのです。経済やビジネスはもちろん、創作活動であれ、芸術であれ。でも、AIにできないことがあるのです。それを考えながら、終末を迎えましょう。